バンコク在住 51歳♀

 私の会社の事務所は以前、バンコク都心部アソーク界隈のビル内にあり、そこで十数年間仕事をしていた。その事務所では夕方になると毎日、天井から男たちの話し声が聞こえてくる。話の内容まで聞き取れないぐらいの声の大きさで、人数は2~3人。忙しいときは土日もよく出勤していたが、やっぱり夕方になると話し声が聞こえてくる。私はずっと、ビルの電気工事士が天井裏でメンテナンスか修理をしているのかと思っていた。彼らは働き者だなと、特に気を止めていなかった。

 ある日のこと、何となく事務所の掃除のおばさんに電気工事士のことを聞いてみたら、
「電気工事士って?」
というような反応が返ってきた。
「ほら、毎日夕方に工事に来てるでしょ?」
と説明したが、
「電気工事士なんて滅多に来ないし、天井に誰もいないわよ」
と言われてしまった。

 確かによく考えてみると、数年間毎日のように電気工事なんかするわけない。そして、話し声の主がこれまで思い込んでいた電気工事士ではないと分かった日から、話し声がぴたりと止まった。あれは人間ではなかったのかも知れない。


20200614