鑑識任務36年の中で起きた不可思議現象-3

―― 存在は信じる、仕事とは割り切る ――

20200808-001

 世の中に数多ある職業の中で、鑑識は最も死体(遺体)に触れる職業の一つではないだろうか。明けても暮れても死んだ人間ばかりに接する。寺院の僧侶の方がよっぽど触れないであろう。新米のころ、死体に湧く蛆(うじ)の取り扱いに苦労した。腐乱死体は蛆の大きさで経過時間が推定できる。初めて蛆をものさしで測ったとき、伸び縮みされて手に負えず、先輩から早くしろと怒鳴られた。ポットのお湯を垂らすとすっと伸びることを教わった。

 死体は現場から警察の安置所に移される。気を利かせて安置所を掃除すると、なぜか必ず新たな死体が運び込まれる。掃除をするたびに先輩から「掃除するな」と怒られるという話は以前にもした(FILE No. 12)。だから安置所は常に清潔に保たれてはおらず、ネコやネズミが食べものを探しに忍び込んでくることも珍しくない。夜など誰も近寄りたがらず、見回りに行かない輩もいる。夜に押されていなかった見回りのハンコが、朝になると押されており、ズルしているのがすっかりバレている。警視庁の場合、身元不明の死体は東京都監察医務院に回す。同院には年間1000体近くの死体が身元不明で運び込まれるという。 

 東京都内には死体が「必ず」上がる、という場所がある。例えば線路の踏切だ。造りが変わっていたり、何か特徴があったりなど、ほかの踏切と異なる点は見当たらないのだが、多くの人が飛び込むためにそこを目指す。「飛び込み事故」という通報を聞いただけで足が勝手に向くほど、その踏切では頻発していた。車輪に巻き込まれて1キロにも飛び散る体の部位を探しながら、「ここで死んでいった人々の念が取り憑いてしまっているのだろうか」と考えさせられた。

 事故が必ず起きる交差点もある。どうみても普通の交差点だ。飛び降り自殺が繰り返されるアパートやマンションもある。エレベーターに乗る必要のない、部外者でも階段で上まで登れる4、5階ほどの普通の建物。首吊りも、公園に植えられた普通の木で起きることが多い。しかし何の変哲もない木に限って、首吊りが何回も繰り返される。僧侶に祓(はら)いや供養をしてもらうのが普通だが、それでも事件や事故は繰り返される。

 捜査の最中に生暖かい空気を感じることがあることも以前に話した(FILE No. 13)。そんなときは「つばを吐け」と言う先輩もいた。それがどのような意味を持つのか分からないが、何かを感じることは必ずある。

 霊は存在する。だから誰もが恐れる。しかし幽霊といった狭義のそれではなく、魂という意味での霊だ。そして霊に敬意を払うが、仕事に徹して同情はしない。同情する弱い心が自らに幽霊を見せることになるからだ。

戸島 国雄
元警視庁刑事部鑑識捜査官 元似顔絵捜査官 タイ警察・警察大佐