鑑識任務36年の中で起きた不可思議現象-5

―― 刑場跡で起きたいろいろな騒ぎ ――

20210317
 日本での話となる。不思議なことは昔から身の回りで起こっていた。祖母方は「妙慶寺」という浄土真宗の寺院を家系としている。物心のついたころから寺の庭で遊び、戦後の貧しい時代のぜいたく品だった甘いものをねだり、葬式にもよく接していた。大人になって遺体に関わる仕事に就いたことに、何かしらの因縁を感じる。

 東京都内に「鈴ヶ森刑場」という刑場跡がある。旧国道(旧東海道)から大井競馬場に向かう道路の交差点に残り、最近はすっかり整備されたが30年も40年も前は木々が高く茂って見通しが悪く、高速道路を下りてくる車が頻繁に事故を起こしていた。死亡者の多くが車の衝突によって首を損傷させていた。

 そもそもこの一帯は幽霊が出るといううわさが絶えず、刑場跡の前に建てられた派出所でも、「川の方に手招きする誰かがいる」と言い出すなど、精神的に参ってしまう警官が続出した。羽田空港に接する地区で、夜空を舞う航空機のランプが目の前を通り過ぎる。正常な判断が困難になった警官が火の玉と見間違えて発砲したという騒ぎも起きた。結局、その派出所は撤去されてしまった。

 刑場跡の少し北側に「浜川荘」という警察の家族寮があった。自身のみならず先輩諸氏や同僚を含め、ここでも怖い体験をした警察関係者が多い。家族寮の場所は、処刑される者が家族との別れを惜しんだとされる旧国道の「泪橋」、現在の浜川橋の近くだ。寮一帯では座って泣いている幽霊らしき姿や誰かが走る足音などといった奇妙な話が後を絶たず、自分も早々に引っ越してしまった。今では寮も閉じて建物自体が解体された。

 警察関係者にとどまらず、一般市民も恐怖探検をしている。そもそも鈴ヶ森刑場前、平和島競艇場前の旧国道と鈴ヶ森の首都高出口との交差点の一帯は、交通事故が多発することで知られる。先輩の話だが、この旧国道を渡った辺りにとある会社が存在し、同社オーナーが昭和の終わりごろ、「夜中になるとお化けが車にまとわりついてくる、夜中に会社を訪ねてくる」と繰り返し、情緒不安定な言動が見られたという。

 その社長が、時代が平成に変わったその年、神奈川県川崎市高津区の竹やぶに2億3000万円を入れたボストンバッグを投げ捨てた。いわゆる「竹藪騒動」を引き起こした本人だった。捨てた後に所有者として名乗り出たのだが、一連の言動と大金を捨てた動機が結びつけられたのかどうか、調書を取った当時の(神奈川県警の)担当官は苦労されたであろう。

 自ら目撃したわけではないが、タイで印象に残っている話のひとつが、2004年に起きたインド洋大津波の被災地での出来事だ。何千人という被害者が出た南部パンガー県のカオラックで、津波発生当初から3カ月もの間、身元調査として来る日も来る日も遺体に接していた。バンコクから身の回り品をほとんど持たずに駆け付けたため、着替える下着さえない。夜になるとひと気のない海岸に行って下着を洗っていた部下の女性警官が、「幽霊がいる」と泣きながら帰ってきたことがあった。以前にも話したことだが、自分もこの被災地では夜になるとひんぱんに、遺体安置所となっている寺院の火葬場辺りから運河を伝って海の方に飛んでいく火の玉を見た。

 死者には敬意を持って接しなければならないが、同情のしすぎは禁物だ。目にしなくて済むものまで目にすることになる。

戸島 国雄
元警視庁刑事部鑑識捜査官 元似顔絵捜査官 タイ警察・警察大佐