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newsclip.be 2015年9月6日掲載

――タイの治安維持の状況について

 先に述べたとおり、爆弾事件というのは日本でもさんざん繰り返され、どの国でも起こりうる。タイの観光立国としての治安維持の取り組みは、日本も見習う点がいくつもある。前述の防犯カメラの充実ぶりは良い例だ。

 そのような治安維持への取り組みで評価が高いのが観光警察(ツーリストポリス)だ。「外国人を守るための組織の編成」という発想は日本の警察にはない。スワンナプーム空港の観光警察本部には、各国の言葉を話す警官が常に待機しているが、成田空港や羽田空港では警察組織によるそのような対応は見られない。


――日本人は日本の方が安全と思いがちだが?

 日本は2020年の東京五輪という大きな課題を抱えている。ニュースクリップでは「タイ犯罪事情『癖(へき)と犯罪』」でも触れたが、前回の1964年の東京五輪のときには世界各国から集まってくるスリを警戒した。50年が過ぎて時代は全く変わり、今はテロが警戒されている。

 しかし日本国民というのは、危機管理の意識が非常に低い。五輪開催で大勢の外国人を受け入れるのに、治安維持に関しては警察がせいぜい対テロ訓練を繰り返しているだけだ。確実にテロを防げるかどうか、非常に心配な状況にある。「競技場の屋根は生牡蠣がドロッと垂れたみたいだ」「五輪エンブレムはコピーだパクリだ」と騒いでいる場合ではない。


――日本がタイを見習うべき行動というのは?

 事件の発生を受けてバンコク都庁は即座に、翌日の公立学校の休校を決めた。日本の政府や行政には、そのような意思決定は不可能だろう。さらに、タイ国民の危機管理に対する意識の高さ、有事の際には一致団結して即座に対応するという行動力に驚く。日本人としても日本という国としても、大いに見習うべき点だ。

 日本ではひんぱんに防災訓練を見かける。それ自体は評価されるべきだが、有事の際に訓練通りの行動が取れるかというと、それはまた別の話だ。東日本大震災の被害を見れば、反省する点、改善すべき点は多大にあるだろう。


一人ひとりの行動が全体に繋がる危機管理

――事件や事故の現場ではどう行動すべきか?

 事件に巻き込まれた、事件現場に居合わせた場合は即座に、その場を離れなければならない。今回の爆発事件では嘆かわしい光景が見られた。周囲に居合わせた日本人が爆発直後にノコノコと現場に近づき、スマホなどで写真を撮っていたことだ。死傷者に対して無礼な行動であり、危機管理が全くなっていない現れだ。二次災害に遭うと予想だにしないのだろう。

 例えば、銃声が鳴り響けばどの国の人間でも反射的に身を伏せる。日本人はキョロキョロしてしまう。そのような危険な目に遭う確率は低いと思いがちだが、エジプトでは1997年に日本人が巻き込まれた銃乱射事件が発生している。


――事件事故にかかわらず、タイは未だ日本人が盗難や詐欺などのトラブルに最も巻き込まれる国だが?

 日本の外務省や在タイ日本国大使館がどれほど注意喚起しても被害は減らない。根源は同じであり、「自分の身は自分で守るという危機管理がなっていないからだ。先のとおり日本人という国民性もある。一人ひとりがより意識し、国としても取り組んでいかなければならない。今回のバンコクでの爆発事件は、日本人と日本に大きな課題を与えたといえる。 


〈戸島国雄〉
 1941年1月1日生まれ。千葉県出身。1963年に警視庁入庁。看守(牢番勤務)を経て、本庁刑事部鑑識課へ。現場鑑識写真係として計36年間、テロ爆弾、殺人、強盗、強姦、火災、飛行機、列車事故など数々の大事件事故現場を踏む。

 1993年日本で初めて事件現場立ち入り規制線(黄色いテープ)を開発し日本はおろかタイ国も称している。
 1972年ごろより似顔絵描きを独学し、鑑識似顔絵として捜査に活用し初の「似顔絵捜査官001号」として任命、それまで主流だったモンタージュ写真から似顔絵へと、鑑識技術の流れを変える。1995年にはオウム真理教の捜査を担当している。受賞した警視総監賞、警察庁長官賞、各本部長賞や部長賞など計107本。

 1995年11月、国際協力機構(JICA)の技術協力指導員として鑑識技術を伝えるため、タイ警察局科学捜査部に派遣される。技術協力指導員としては極めて異例ながらも、事件の現場に赴いて自ら鑑識活動を実践、検挙率のアップを促す。

 1998年に帰国して警視庁を定年退職するも、タイ警察の要請を受けて2002年に再び来タイ、JICAシニアボランティアとして活躍。以降も警察大佐(日本の警視正に相当)の身分で、日本人絡みを含め、多くの事故・事件の捜査に加わる。

戸島国雄タイ警察大佐に聞く バンコクの連続爆弾事件 (3)日本以上の治安維持への取り組み