20180114-005 近所の寺院から三日三晩、何やら祭りみたいな騒がしい音が。4日目の日曜日の夜も音楽が自宅まで聞こえてきて、本堂や仏塔がこうこうと照らされているのが見えたので、恐らく今夜が最後だろうと散歩がてら行ってみました。

 祭りではなく葬儀。タイでは告別式も火葬も寺院で行われます。富裕層ともなると葬式も盛大で、何日にも渡って音楽をガンガン流したり、功徳のために寺院に大衆劇を呼んだりと、今回もそんな葬儀でした。

 境内には舞台が設置されていて、しばらく待っていたら大衆劇の「リケー」が始まりました。地元の人も劇を観ることによって、亡くなった人に対して弔意を表します。

 リケーは見た目が全くタイらしくなく、不思議な劇です。リケー←ジケー←ディケー←セークル←シークルと、もともとはアラブ語、それが訛ってペルシャ語、マレーシア辺りまで伝わって、といった感じで、西アジア辺りから伝わってきたようです。タイにはアユタヤ王朝末期もしくは現(ラッタナーコーシン)王朝初期には入ってきていたとか。現在でも「リケーはアユタヤの劇」と説明されます。出所はタイ語のウィキペディアです。

 アユタヤが最も盛んといわれながら、貧困の地と評されがちな東北地方で人気で、リケーを観にくる人は東北出身の人が多数派。この日も集まってきたのは東北出身を思わせる人たちでした。といっても、せいぜい数十人が地べたに座っている程度で、パラパラ感あり。

 1970年代後半には、プロのリケー劇団が1,000近くあったとされますが、テレビや映画に押されて人気は人気は下降線。演じても客が来ない、いつしか「貧しさ」をイメージさせる劇となり、貧しいとされる東北地方の人たちの共感を得た、と聞きます。

 1997年に発生した通貨危機では、良く知られたリケーの役者が「職を失った」といってビジネス街の路上で踊るなど、今や演じる方も観る方も「儲からないリケー」という評価です。

 リケーは王宮を舞台とした劇ですが、ストーリーは男と女のすったもんだ。日本でいう漫才の要素も多分に含まれているので、タイを感じさせない舞台設定と衣装なのに、話している内容はタイそのものです。アドリブも多くたちが舞台で笑ってしまったり、舞台裏で控えなければならないのに観客から見えるところに出てきてしまったりと、いたって大らか。

 今後、持ち直すことはまずないであろう、風前の灯火のリケー。機会があったら一度は観てみたい大衆劇です。この日、砂利混じりの地べたに3時間も座って写真を撮っていたら、さすがに腰が痛くなりました。

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濃いメイクが特徴。ベタな見た目ながら、かなりの歌唱力。

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途中で笑ってしまう役者。

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一緒に舞台を鑑賞する役者や舞台裏の人たち。

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観客は役者が気に入ったら舞台まで近づいてチップを渡すことができます。写真は2,000バーツほどの額なので「さくら」かと。


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観客が「写真を撮りたい」といって舞台に近づいてきて、劇が一時中断。