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タイ暴動「真実の現場」

 ディンソー通りを数メートルも進めずにのろのろしていると、前進していた兵士の1人が戻ってきて、「ペー(衛生兵)!」と叫ぶ。どうも前方で兵士が負傷したらしい。衛生兵が担架を担いで走っていった。数分もすると、担架に乗せられ、腕を取られ、担がれて、前進したほとんど
『【note】死傷者900人の騒ぎにうんざり、トゥクトゥクと地下鉄を乗り継いで帰宅』の画像

 撃ち合いが起きたというコークウア交差点に向かう。大通りのラーチャダムヌン・クラーン通りは騒ぎを聞いて駆け付けてきた赤シャツメンバーで芋洗い状態、プラスメーン通りという道にそれて先に進む。するとこちらは赤シャツによるバリケードで通行止め、数十メートル向こ
『【note】撃たれて死んだのは「お前じゃない」』の画像

 ラーチャプラソン交差点を占拠する赤シャツに対し、警官隊は何をするでもなく、ただそこにいるだけだった。赤シャツと軍が衝突しているパーンファー橋が気になる。事態の進展がなければさっさとパーンファー橋に移動したのだが、こちらで衝突が起きるとすれば、バンコクき
『【note】排除命令を出せない警察、赤シャツに笑顔で見送られて撤退』の画像

 2010年4月10日、朝6時前に目を覚ます。3時間寝たかどうか。軍の突入なし。コラボ相手の読みは、またもや外れた。赤シャツ集会場の1日の始まりは掃除。バンコク都庁のゴミ収集車&掃除オバサン軍団がやってきてゴミを収集する。しかし赤シャツがあまりに汚すため、懲罰を兼
『【note】夕方に事態が急展開、赤シャツと軍の銃撃戦の前触れ』の画像

 2010年4月9日夜、ラーチャプラソン交差点のセントラルワールド前で、赤シャツと一緒に雑魚寝を決め込む。日本語ラジオ局で仕事をしている件のコラボ相手が、「軍が強制排除にやってくるから、一緒に現場にいてくれ」と言ってきかない。彼は2009年の赤シャツ騒ぎのときに読
『【note】赤シャツと一緒にデパート前で雑魚寝』の画像

件の赤シャツ幹部は、憲法改正派にタクシン支持派が合流したのが「赤シャツ」と説明していたが、その憲法改正派も突き詰めればタクシン派なのだ。何千人、何万人もの国民を動員するデモは、莫大な資金を要する。そこまでして憲法を変えたい人間など、タクシンぐらいしかいな
『【note】撤退ムードもつかの間 ゴリ押しのデモ行進で決まった赤シャツの運命』の画像

 このころ、ある赤シャツ幹部から自らの団体、すなわち「反独裁民主戦線(UDD)」の成り立ちについての話を聞いた。彼女によると、2006年のクーデターで発足した軍事政権が改正した憲法、俗にいう「2007年憲法」を否定し、民主主義に基づいた憲法を取り戻すために立ち上がっ
『【note】言動がメチャクチャになってきた赤シャツ』の画像

  一言で言ってしまうと、「タイのメディアはタクシン嫌い、だから赤シャツも嫌い」。一連の赤シャツ騒ぎをとおして、「メディアは(反タクシン)政権寄り」という批判が相次いでいたが、別に政権に媚を売っていたわけではなく、自ら厳しい報道を続けていたに過ぎない。タ
『【note】日系メディアの文句は言えず……、タイのメディアはタクシン嫌い』の画像

 2009年のソンクーン最中のデモが失敗に終わり、赤シャツはしばらく鳴りを潜めていた。アピシットを首相とした反タクシン政権が続き、タクシンは未だタイに帰ってこられない。家の周囲をうろついてワンワン吠えまくる犬に例えられていた。前回の暴動からほぼ1年後の2010年3
『【note】赤シャツリーダーの大ウソ、タクシンの保身、日系メディアのいい加減さ』の画像

 2009年4月14日、赤シャツ最後の日。前日までにバンコク都内の道路封鎖が軍によって解放され、この日は赤シャツの最後の砦である首相府前の集会場が強制排除されることになっていた。 強制排除を目前にして、リーダーであるナタウットが撤退を宣言、正午に実施された。政府

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