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タイ暴動「真実の現場」

 赤シャツ暴動は91人の死者と1,400人以上の負傷者を出した。2010年5月19日の赤シャツ最後の日から4カ月後の9月19日、赤シャツがまたもやラーチャプラソン交差点を封鎖して集会を決行。ゆるぎない結束のアピール、死んでいった仲間への追悼、そして2006年9月19日に起きたクー
『【note】悪びれた様子なし、火を付けたデパート前で再び集会』の画像

 ラーチャプラソン交差点の集会場の横、ショッピングセンターのセントラルワールドに入居するデパート「ZEN」の入り口に火が付けられた。何人もの若者が手際よく火が付きやすいガラクタを集めている様子を見ていると、赤シャツのリーダーたちは後に否定していたが、誰かの指
『【note】デパートに放火、誰もが暴徒に』の画像

 BTS(スカイトレイン)ラーチャダムリ駅辺りで道路に座り込む。国軍の発砲で穴が開いたらしい貯水槽から、水がザアザアと漏れて周辺が水浸しになっている。国軍が撃ってくるのかこないのか分からず、周辺では銃声が鳴り響いているが、ラーチャダムリ駅辺りはいたって平穏だ
『【note】最後まで残っていたのは女たち』の画像

 赤シャツ最後の日のラーチャダムリ通り。南側のシーロム交差点と東側のルムピニー公園の両面から国軍の銃撃を受け、赤シャツは一気に後退サーラシン通りとの三差路にしばらくとどまっていた。 誰もがシーロム交差点とルムピニー公園に展開する兵士に気を取られている。そ
『【note】数メートル後ろ、被弾して倒れたイタリア人ジャーナリスト』の画像

 陸軍部隊がシーロム交差点のバリケードを破壊、前進を始めた。赤シャツはすでにラーチャダムリ通りを数百メートル後退、サーラシン通りとの三差路に100人程度が潜んでいるのみ。スリングショット、いわゆるパチンコによる石ころ、爆竹、かんしゃく玉を飛ばすだけだったが、
『【note】「無駄な抵抗」、ただ後退するのみの赤シャツ』の画像

 陸軍の強制排除は未だ始まらず、誰もがみな「今日かも知れない」と思いつつ、赤シャツも撤退することなかった。デモは惰性で続いているだけだった。 2010年5月17日、赤シャツがメインの舞台を設置するラーチャプラソン交差点の北側、ディンデーン地区に行ってみる。ラーチ
『【note】ATM破壊、商品強奪、やっていることは強盗』の画像

 2010年5月15日、赤シャツ側で取材した前夜、陸軍から実弾をさんざん撃ち込まれたので、今日はその陸軍兵士たちについてみる。赤シャツが封鎖しているラマ4世通りに割り込むように陸軍が陣地を形成しているので、赤シャツに会うことなくたどり着く手段は2つ、地下鉄(MRT)
『【note】タイのゴルゴ13、M16にスコープ』の画像

 赤シャツと陸軍の武力衝突が激しかった、サートーン通りから少し東に行ったボンカイ地区。外国人旅行者にとってはマレーシアホテルが建つ界隈として知られている。赤シャツと陸軍は、有刺鉄線が張られた緩衝地帯を挟み、200メートルほどの距離で向かい合っていた。…… 以
『【note】ただのドタバタ騒ぎで何人も死んでいく』の画像

 カッティヤ陸軍少将が狙撃されて以降、国軍と赤シャツは連日連夜、撃ち合うこととなった。国軍側は最終的に、主体の陸軍のほか海軍や空軍のスナイパーも赤シャツ掃討に加わっていたようだ。タイ人の連れ合い(女房)の同級生である海軍特殊部隊の隊長が「ルムピニー公園に
『【note】国軍と一般国民が連日連夜の撃ち合い』の画像

 セーデーン(赤い参謀)と呼ばれた、カッティヤ・サワディポーン陸軍少将がスナイパーに狙撃された。タイ国内でタクシン支持者を抑え込むのはたいてい国軍の役目だが、その国軍の中にもタクシン支持者はいる。…… 以下は、note の連載をお読みください。
『【note】カッティヤ狙撃、軍が一気に強硬手段』の画像

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