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タイ77景

 アンダマン海に面した県だが、プーケット県やサトゥーン県のようなビーチリゾートの開発は遅れ気味で、知られているのは水中結婚式ぐらい。ジュゴンの生息数はタイ沿岸トップと見られている。 中華系住民が多く、プーケット県(プーケット市)やソンクラー県(ハジャイ市)同
『タイ77景(57)トラン県(Trang) タイ南部』の画像

 タイ東北部有数の肥沃な土地と評される。カーラシンとは「黒い水の町」という意味。県の中心に水をたたえるラムパーオ・ダム、もしくはその水源となる渓流が濁っていることが、名前の由来とされる。ただ、この地域にカーラシンという名が付いたのは、現ラッタナーコーシン
『タイ77景(56)カーラシン県(Karasin) タイ東北部』の画像

 チーク材で有名な県。古くからヨーロッパなどの国々に輸出、19世紀には貿易でプレーに暮らすヨーロッパ人が、チーク材の邸宅を競って建てたという。町には昔ながらの建築物が点在する。 スコータイ王朝のころには町が形成され、ヨーム川沿いに今でも城壁が残り、中には旧
『タイ77景(55)プレー県(Phrae) タイ北部』の画像

 隣県ウボン・ラーチャターニーから1972年に分離独立した、比較的新しい県。ラオス国境に近く、ロケット祭り、ジャスミン米、スイカなどが有名。 特にロケット祭りは雨期入りの5月に行われる、ロケットを空高く打ち上げて雨乞い・豊作を祈る奇祭で、県の代名詞となっている
『タイ77景(54)ヤソートーン県(Yasothon) タイ東北部』の画像

 タイで最も人口の少ない県。雨期が年に8カ月続き、東部トラート県と共に年間降水量が4,000ミリを超え、タイ最多を記録する(平均は1県当たり1200~1600ミリ、出所:気象局)。 マレー半島が最も狭まる地点で、有名なクラ地峡がある。タイとミャンマーを隔てる、アンダマン海
『タイ77景(53)ラノーン県(Ranong) タイ南部』の画像

 「夜明けの町」「始まりの町」という意味の県名。多くの政府機関が北部に区分けしているが、中部ナコーンサワンの下にある県で、チャオプラヤー川を中心に広がる。 タイ中央部の先住民族であるモン族が川沿いに集落を形成したのが始まりで、後のタイ族の移動によってスコ
『タイ77景(52)ウタイターニー県(Uthai Thani) タイ北部』の画像

 マレー語の丘を意味する「ブキット」が語源といわれるプーケット。紀元前1200年ごろには島の存在が知られ、紀元前1世紀には西からの人間として初めてエジプト人が上陸したと紹介する書籍がある。紀元1世紀ごろにはインド洋の主要航路の中継地となり、16世紀にはペルシャ、
『タイ77景(51)プーケット県(Phuket) タイ南部』の画像

 タイ中部で最も北に位置する県。タイ政府観光庁(TAT)など一部の政府機関は、ナコーンサワンを北部に区分けしている。北からのピン川とナーン川が合流、チャオプラヤー川と名前を変える地点。水が豊かな土地で、ブン・ボーラペットというタイ屈指の湿地帯がある。洪水の時
『タイ77景(50)ナコーンサワン県(Nakhon Sawan) タイ中部』の画像

 タイ東北部(イーサーン)のほぼ中心に位置する。マハーサーラカーム総合大学やラーチャパット大学マハーサーラカーム校など教育機関が集中、学生街として知られる。 元々は隣県ローイエットの衛星都市として発展した。東北部の中でも特に仏教が盛んな町だったといわれ、
『タイ77景(49)マハーサーラカーム県(Maha Sarakham) タイ東北部』の画像

 スコータイ王朝 (1238~1448年)の衛星都市として機能した古都。カムペーンペットは「ダイヤの壁=硬い壁」を意味する。アユッタヤー(アユタヤ)王朝(1350~1767年)でも当時のビルマを相手に要衝の役割を果たした。 県の東半分はタイにありがちな延々と続く平地。西半
『タイ77景(48)カムペーンペット県(Kamphaeng Phet) タイ北部』の画像

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