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県紹介

 20世紀初めに隣接するプラーチンブリー県から独立した、バーンパコーン川を挟んで東西に長く広がる県。バンパコン川流域は古くから多くの集落が発達したとされ、プラチンブリー県まで川を上るとスコータイ時代以前のタワーラーワディー(ドヴァラヴァディー)時代(7~11世
『タイ77景(11)チャチューンサオ県(Chachoeng Sao) タイ中部』の画像

 チャオプラヤー川が県の中心を流れ、運河がクモの巣のように張り巡らされた、水の町。バンコクにお接して各地へのアクセスが良好、水の豊富さから工業団地が多く、日本人にも馴染みのある県。 300~400年前より、現在のミャンマーからモン人が移住。隣県のノンタブリー県
『タイ77景(10)パトゥムターニー県(Pathum Thani) タイ中部』の画像

 南部最大の面積を誇る県。有史以前より人が住み、タイ湾の交易路の要所として栄え、スマトラ島で興ったシュリヴィジャヤ王国の重要拠点(現在のチャイヤー郡)になったと伝えられる。タイでは「南部の人間はがさつで短気」と評されることがあり、特にスラーターニー(スラ
『タイ77景(9)スラーターニー県(Surat Thani) タイ南部』の画像

 国内第4位の人口を抱える、東北部有数の県。マットミーなど伝統タイシルクの一大生産地で、県内いたるところでシルクが織られている。昔ながらのコブラ飼育は、コブラショーとして観光化に成功した。 1976年にはウラン採掘調査で偶然に恐竜の化石が見つかり、コーンケー
『タイ77景(8) コーンケーン県(Khon Kaen) タイ東北部』の画像

 タイ民族の夜明けとされるスコータイ王朝(1238~1448年)。スコータイ歴史公園を中心に、200とも300ともいわれる遺跡が残る。「古代都市スコータイと周辺の古代都市群  文化遺産/1991」として、ユネスコの世界遺産に指定されている。 雨期は木々や稲の鮮やかな緑に囲ま
『タイ77景(7) スコータイ県(Sukhothai) タイ北部』の画像

 バンコクの北隣、チャオプラヤー川を挟んで広がる県。焼き物などの民芸品で知られ、有名な寺院が多く点在することから、バンコク都民の日帰りの観光地となっている。 チャオプラヤー川に浮かぶクレット島(コ・クレット)は、アユタヤ王朝の時代に掘られた運河によって人
『タイ77景(6) ノンタブリー県(Nonthaburi) タイ中部』の画像

 パークナーム(河口)という名で知られる、タイ湾に注ぐチャオプラヤー川の河口を両わきから挟む県。その河口に位置する海軍基地にはラマ5世の治世に活躍した砲台が残り、一般開放されている。フランス海軍がチャオプラヤー川を遡航・封鎖した1893年の「パークナーム事件」
『タイ77景(5) サムット・プラーカーン県 Samut Prakarn タイ東部』の画像

 国内最大の面積を誇り、バンコクに次ぐ人口を抱える、東北部の玄関口。東北部の豊富な労働力がこの県に集中する。通称の「コラート」と呼ばれることがほとんど。 ナコーン・ラーチャシーマーと聞いて誰もが連想するのは、女傑「タオ・スラナーリー」。ラマ3世治世の1826年、街が
『タイ77景(4) ナコーン・ラーチャシーマー県 Nakhon Ratchasima タイ東北部』の画像

 タイ北部の玄関口とされるピッサヌローク。スコータイ王朝(1238~1448年)時の1357年、西のビルマからの脅威を受け、スコータイからピッサヌロークに遷都された。後のアユタヤ王朝(1350~1767年)では、ビルマを迎え撃つ北の要衝として栄えた。 市内に建つ寺院「ワット
『タイ77景(3) ピッサヌローク県 Phitsanulok タイ北部』の画像

 バンコクから北へ107キロ。北部に伸びる国道1号線が、東北部に向かう国道2号線と分かれる地点。「リャオクワー・サラブリー(サラブリーを右に曲がる)」とは、(貧困で知られた)東北地方の出身者を表わす蔑称だとも。 サラブリといえば仏足跡(プラプッタバート)。仏足跡を残す、プ
『タイ77景(2) サラブリー県 Saraburi タイ中部』の画像

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