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タイ77景

 東北部を形成するコラート高原の西端、北部と中部に接する県。スコータイ王朝以前のドヴァラヴァディー、現カンボジア方面からのクメール、現ラオス方面からのランサンと、いつの時代にも人々が集まってきた痕跡が残されているという。アユタヤ王朝のナライ王の時代には国
『タイ77景(33) チャイヤプーム県(Chaiyaphum) タイ東北部』の画像

 スコータイ王朝以前の12世紀から王国があったとされる県。13世紀のガムムアン王の治世には、スコータイと同盟を結ぶほどの力を持っていたという。パヤオ市の中心地であるパヤオ湖のほとりには、ガムムアン王の銅像が立つ。 自然に恵まれタイルー族など少数民族も多く居住
『 タイ77県(32) パヤオ県(Phayao) タイ北部』の画像

 スワンナプーム(黄金の地)空港の名に似た、「黄金の街」という意味の県。大物政治家だった故バンハーン・シラパアーチャー元首相のお膝元というイメージが強く、市の中心に「バンハーン・ジャムサイ・タワー」という塔がそびえるなど、シラパアーチャー家の影響力は強い
『タイ77県(31) スパンブリー県(Suphanburi) タイ中部』の画像

 マレー系住民が人口の7~8割を占める、タイ深南部の県。諸説入り乱れるが、早くて13世紀後半、遅くて16世紀初頭にパタニー王国が誕生。海上貿易で栄え、1511年のマラッカ陥落後はマレー半島の東海岸で有数の貿易港になったという。 スコータイ王朝やアユッタヤー(アユタ
『タイ77県(30) パッターニー県(Pattani) タイ南部』の画像

 タイ東部で最も東に位置、南部ラノーン県、中部シンブリー県に次いで人口が少ない県。西隣のチャンタブリー県同様、1893年から1905年までフランス領インドシナ(カンボジア)に併合された歴史をもつ。 カンボジア国境では山脈と海岸線が接し、領土がカンボジアとタイ湾に
『タイ77県(29) トラート県(Trat) タイ東部』の画像

 タイで最大規模のクメール遺跡が残る、カンボジア国境の県。ブリーラムは「楽しい町」という意味。 県の顔ともいえるクメール遺跡「プラサート・パノムルン」は、標高383メートルの高台に建ち、(ブリーラムが位置する)コラート平原一帯やカンボジア国境の山並みを眺める
『タイ77県(28) ブリーラム県(Buriram) タイ東北部』の画像

 タイ第2の都市と評されるチェンマイだが、人口としては東北部のナコーン・ラーチャシーマー(コラート)県、ウボン・ラーチャターニー県、コーンケーン県に次ぐ第5位にとどまる。面積としてはナコーン・ラーチャシーマー(コラート)県に次いで第2位。 250年に満たない現
『タイ77県(27) チェンマイ県 タイ北部』の画像

 日本人にはタイの鎌倉と例えられる古都。1991年、「古都アユタヤ」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。アユタヤ歴史公園として整備されているが、世界遺産に登録された当時は、「ユネスコからの金で寺を潰し、道路を造っている」との批判が絶えなかったという。
『タイ77県(26) (プラナコーンシー)アユタヤ県(Phra Nakhon Si Ayutthaya) タイ中部』の画像

 県庁所在地のソンクラー市より、中国系住民の街ハジャイの方がより知られた県。ハジャイはタイ南部最大の商業都市で、周辺各県と共に独自の経済圏を築き、国境を接するマレーシアとの交流も深い。毎年10月ごろのベジタリアン・フェスティバル(菜食週間)では、タイ南部で
『 タイ77県(25) ソンクラー県(Songkhla) タイ南部』の画像

 フランス海軍がチャオプラヤー川を遡行・封鎖した(パークナーム事件)1983年から、タイとフランス領インドシナ(カンボジア)の間で国境が調停された1905年まで、同国に占拠された歴史を持つ。市内に残るフランス式のカトリック教会はその時代のなごりで(建立は1909年)
『 タイ77県(24)チャンタブリー県(Chanthaburi) タイ東部』の画像

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